日本の高齢者介護・医療市場は、急速な人口動態の変化を背景に類を見ない規模で拡大を続けています。
しかし、その巨大な需要の裏側で、訪問介護・訪問看護の事業現場では「過去最多の倒産」と「熾烈な生き残り競争」が繰り広げられています。
本記事では、最新の市場動向と、2024年度の報酬改定がもたらした影響を紐解きながら、経営の持続性を高め、事業の価値を未来へつなぐための「M&A戦略」について解説します。
目次
厚生労働省のデータ等によると、2024年度の介護費用総額は11兆9381億円に達し、訪問介護の利用者数は約161万人に増加しています。さらに訪問看護サービスに至っては、過去10年間で利用者が約3倍に急増し、直近では約69万人が利用する巨大市場へと成長しています。
しかし、この「需要の拡大」は、必ずしも現場の「経営の安定」を意味しません。
東京商工リサーチの調査によれば、2024年の訪問介護事業所の倒産件数は91件と過去最高を記録し、2025年上半期においても既に45件の倒産が発生しています。
需要が右肩上がりであるにもかかわらず、倒産が急増しているこの「矛盾」の背景には、構造的な人材不足と、それに伴う稼働率の低下があります。生産年齢人口が減少する中、有資格者(看護師・ヘルパー)の採用は極めて困難になっており、人手不足がダイレクトに売上不振へと直結しているのです。
事業環境の厳しさに追い打ちをかけたのが、2024年度の介護・診療報酬の同時改定です。この改定は、業界全体に「収益の二極化」をもたらす決定的な転換点となりました。
最も大きな衝撃は、訪問介護の「基本報酬の引き下げ(約2%減額)」です。以下は身体介護における改定前後の比較です。
サービス種別
20分未満
改定前 単位数
167単位/回
改定後 単位数
163単位/回
増減
-4単位
サービス種別
20分以上30分未満
改定前 単位数
250単位/回
改定後 単位数
244単位/回
増減
-6単位
サービス種別
30分以上1時間未満
改定前 単位数
396単位/回
改定後 単位数
387単位/回
増減
-9単位
この引き下げにより、全国の訪問介護事業所の5割〜6割弱が減収に陥る可能性が指摘されています。一方で、国は「介護職員等処遇改善加算」を一本化し、加算率を高く設定しました。
訪問看護においても、「専門管理加算」や「訪問看護ベースアップ評価料」が新設され、専門性の高いケアや賃上げの取り組みが手厚く評価されています。
すなわち、「キャリアパスの構築やICT投資を行い、積極的に加算を取得できる体力のある企業」と、「人手不足で日々の業務に追われ、基本報酬の減額だけを被る企業」との間で、明確な格差が生まれているのが現状です。
人材採用コストの高騰、システム導入などの設備投資、そして複雑化する制度への対応。これらを中小規模の事業者が単独で乗り切るには、限界が近づきつつあります。
「後継者がいない」「赤字に転落しそうだ」と悩む経営者にとって、「廃業」が頭をよぎるかもしれません。
しかし、廃業を選択すれば、地域で頼りにされているサービスは途絶え、長年苦労を共にした従業員の雇用も失われてしまいます。そこで近年、有力な経営戦略として急増しているのが「M&A(事業承継)」です。
M&Aは事業の終わりではなく、長年培ってきたスタッフや利用者との信頼関係という、見えない資産を、資本力のある企業へ引き継ぎ、未来へ残すための前向きな選択肢です。
訪問介護・看護業界におけるM&Aは、売り手(譲渡・売却側)と買い手(譲受・買収側)の双方に明確なメリットをもたらします。
長年地域に密着して運営してきた中小規模のオーナー経営者にとって、M&Aは切実な課題解決の手段です。
メリット
・従業員の雇用維持と、利用者へのサービス提供の継続
・経営者保証(個人保証)の解除と、廃業・倒産リスクの回避
・創業者利益の獲得による、安心したセカンドライフの実現。
成功のポイント
【黒字のうちに決断する】
資金繰りが悪化し、スタッフが離散して赤字に転落してからでは、企業価値は大きく毀損します。業績が安定している「今」こそが最適なタイミングです。
【情報漏洩の防止】
スタッフの不安を煽らないよう、交渉は水面下で慎重に進める必要があります。
成長を志向する大手・中堅法人や新規参入企業にとって、M&Aは「時間を買う」究極の戦略です。
メリット
・許認可の取得や新規開設にかかる膨大な時間とコストを削減
・枯渇する労働市場において、有資格者(看護師・ヘルパー)を一括で確保
・既存事業(デイサービスや施設等)との連携によるドミナント戦略とシナジーの創出
成功のポイント
【厳格なデューデリジェンス】
・介護業界特有の「過去の行政処分歴(人員配置基準違反など)」や簿外債務の有無を徹底的に調査することが不可欠
【丁寧なPMI(統合プロセス)】
・買収直後の急激な変化はスタッフの大量離職を招くため、待遇の維持や丁寧なコミュニケーションがシナジー最大化の鍵
訪問介護・訪問看護業界は、間違いなく今後も社会に不可欠なインフラです。しかし、事業環境が劇的に変化する中、従来のやり方のまま単独で生き残ることは困難な時代に突入しています。
自社の事業価値は、経営者が思っている以上に高く評価される可能性があります。
「自社がいくらで評価されるのか」「従業員を守りながら引き継いでくれる相手はいるのか」と、少しでも事業の先行きに不安を感じたなら、まずは現在の「会社の価値」を客観的に知ることから始めてみませんか。
専門的な知見を持つM&Aコンサルタントへの相談が、事業と従業員の未来を守るための確かな第一歩となります。
参考情報・引用元情報欄
ニッポンドットコム:高齢者の介護費用:2023年度の総額11兆5139億円
https://www.nippon.com/ja/japan-data/h02170/
ニッポンドットコム:高齢者の介護費用:2024年度の総額11兆9300億円
https://www.nippon.com/ja/japan-data/h02572/
東京商工リサーチ:2025年「訪問介護」倒産 91件、3年連続で最多更新
https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1202280_1527.html
介護ニュースJoint:訪問介護の打撃深刻 6割近くが減収 報酬引き下げ・訪問回数減など
https://www.joint-kaigo.com/articles/36900/
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