M&A・事業承継コラム

介護市場が迎える未曾有の転換点

日本の介護市場は、今まさに歴史的な構造の転換点に直面しています。

市場の背景にある最大のマクロ要因は、「2025年問題」および「2040年問題」に象徴される高齢者人口の絶対数の増加です。要介護(要支援)認定者数は、団塊の世代がすべて後期高齢者となる2025年には771万人へと急増する見通しが示されており、介護サービスに対する絶対的な需要は確実に右肩上がりで推移しています。

しかしながら、この需要拡大が、必ずしも個々の事業者の安定的な成長に直結しているわけではありません。需要側の拡大と同時に、少子化および生産年齢人口の減少に伴う「深刻な介護人材不足」という供給側の縮小が同時進行しているからです。この需給の致命的な不均衡は、老老介護やヤングケアラー問題といった深刻な社会問題を引き起こしています。

加えて、有限の社会保障財源の中で制度を維持するため、行政は「介護報酬の適正化・重点化」を強力に推進せざるを得ない状況に置かれています。市場全体の売上規模は拡大基調にありながらも、個々の事業者にとっては利益確保が極めて困難な、過酷なサバイバル環境が形成されているのが現在のリアルな状況です。

目次

業界を分かつ「二極化」

この過酷な環境下において、業界内では事業者の明確な「二極化」が進行しています。その明暗を分けているのは、最新の制度トレンドに対する適応力です。

求められる「生産性アップ」と「付加価値」の提供

近年、すべての介護事業者に対して、限りある人材で質を維持するための「生産性の向上」と、利用者に対する明確な「付加価値」の提供が強く求められるようになっています。

例えば通所介護(デイサービス)の分野においては、この傾向が顕著に表れています。

従来の単なる預かりや家族の負担軽減を中心としたサービスから、利用者の自立支援や身体機能の維持・回復を目的とした「機能訓練特化型」へのシフトが進んでいます。

これは、利用者の自己負担割合の増加などを背景に、利用者本人やケアマネジャーが、施設の「費用対効果」や「目に見える成果」をよりシビアに判断するようになったためです。

現状維持の画一的なサービスしか提供できない施設は敬遠され、明確な強みを持つ施設にのみ需要が集中する構造が完成しつつあります。

令和6年度報酬改定とデータ活用がもたらす選別

令和6年度(2024年度)の介護報酬改定は、この選別をさらに決定づけました。行政は、自立支援介護の質を向上させるため、科学的介護情報システム(LIFE)への適応を業界全体の最優先事項としています。

同時に、見守りセンサーや介護記録ソフトといったICT・テクノロジーの活用を条件に、人員配置基準を緩和する方針を打ち出しました。さらには、「経営の協働化・生産性向上・テクノロジー活用支援」に対して200億円もの予算を投下し、非効率な小規模事業所の乱立を整理し、生産性の高い大規模事業体へと業界を再編する意思を明確にしています。

すなわち、旧態依然とした人海戦術に依存する事業者が衰退し、テクノロジーへの投資によって効率化を実現した事業者が生き残り、成長していくというパラダイムシフトが起きているのです。


 経営戦略としてのM&A

このような制度と環境の荒波を背景に、介護業界では現在、事業の「譲渡(売却)」および「譲受(買収)」を通じたM&Aが極めて活発に進行しています。

以下は、M&Aを検討する譲渡側と譲受側、実例に基づいた、それぞれの代表的な人物像と抱える課題を整理したものです。

譲渡(売却)側

  • 代表的な人物像

    60代〜70代の個人オーナー、地域密着で施設を1〜3拠点運営

  • M&Aの目的

    ハッピーリタイアによる創業者利益の確保。後継者不在の解消。複雑な制度対応からの解放。

  • 具体的な課題

    慢性的な人材不足により経営者自身が現場に駆り出されている。システム化への資金力・ITリテラシーがない

  • M&Aの心理的ハードル

    適正な企業価値への疑問。自分が現場を離れることに対する、残されたスタッフや利用者への強い罪悪感と不安

譲受(買収)側

  • 代表的な人物像

    40代〜50代の中堅・大手事業会社の経営層。広域で複数拠点を展開

  • M&Aの目的

    特定地域への集中展開によるシェア拡大。有資格人材の即時確保。新サービスの展開

  • 具体的な課題

    採用難により新規出店スピードが想定を下回っている。本部機能の固定費率を下げるため、早急な規模拡大が必要

  • M&Aの心理的ハードル

    簿外債務や人員配置基準違反などの隠れた問題点。買収後の統合失敗による大量離職リスク

すれ違う両者の視点

上記から読み取れるのは、M&Aに対する「視点の明確な違い」です。

売り手である小規模事業者のオーナーは、「現場の疲弊からの脱却」「従業員・利用者の居場所の維持」といった、目の前の課題解決や人情的な側面を重視しています。

対して買い手である中堅・大手法人は、「時間を買い、人材を確保して地域シェアを拡大する」という、よりシビアな経営戦略の視点から案件を見つめ、隠れたリスクを極端に警戒しています。


M&Aを成功させるための「見えない資産」の可視化

このように見ている方向性が異なる売り手と買い手が、M&Aを成功に導くために重要となるのが、双方が納得できる「企業価値の客観的な評価」です。

介護事業のM&Aにおいて企業価値を決定づけるのは、施設の綺麗さや立地といった目に見える要素だけではありません。「属人的なスキルや特定の人脈に依存せず、誰が現場に入っても一定水準の質の高いケアが提供できる仕組み」という『見えない資産』が構築されているかどうかが問われます。

【売り手企業】属人的な運営からの脱却

人員不足や経営難を理由に焦って売却を決断する前に、自社の企業価値を下げないための防衛策が必要です。買い手企業が行う事前調査(買収監査)において最も嫌気されるのは、「社長個人の能力だけで現場が回っており、システム化されていない状態」です。

したがって、譲渡を実行する前から段階的に介護システム等を導入し、業務の流れを標準化しておくことが重要です。記録がデータとして蓄積され、提供するサービスの成果が客観的に示せる「生産性の高い体制」を作り上げておくことが、買い手の不安を払拭し、適正な価格での事業譲渡を可能にします。

【買い手企業】買収後の細心のケアと制度活用

一方、買い手企業にとってM&Aの真の成否は、買収後の統合プロセス(PMI)にかかっています。特に介護現場において、親会社の新しいシステムや理念を現場スタッフに頭ごなしに押し付けることは、致命的な大量離職の引き金となります。

売り手側の「従業員を守りたい」という思いに応えるためにも、国が用意している介護従事者への処遇改善策や協働化補助金を巧みに活用することが鍵となります。「M&Aによって業務負担が減るだけでなく、給与も確実に上がる」というメリットを提示しながら、丁寧な対話を通じて統合を進める高度なマネジメントが求められます。


 両者の視点をつなぐ専門家の役割

介護事業におけるM&Aは、もはや「経営に行き詰まった末の廃業手段」ではありません。

地域社会に不可欠なケアインフラと雇用を次世代へつなぎ、企業のさらなる成長基盤を強固にするための「極めて前向きな経営戦略」です。

しかし、ここまで見てきたように、売り手と買い手ではM&Aに対する目的も、抱える不安も大きく異なります。

売り手は「現場への愛着や従業員への責任」を重んじ、買い手は「投資回収や統合後の組織運営」をシビアに見つめています。この両者の視点のズレを放置したまま直接交渉を進めても、適正な企業価値のすり合わせや、買収後の円滑な統合は望めず、期待した相乗効果を得ることは困難です。

だからこそ、事業の価値を最大化し、双方にとって納得のいくM&Aを実現するためには、売り手と買い手、両者の視点と事情を深く把握しているM&Aコンサルティングの専門家に相談することが最も確実なアプローチとなります。

客観的なデータに基づき、異なる視点を安全に橋渡しする専門家の存在こそが、貴社の次なる飛躍に向けた強固な第一歩となるはずです。

参考情報・引用元情報欄

厚生労働省|令和6年度介護報酬改定の主な事項について
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001195261.pdf

厚生労働省|自立訓練(機能訓練・生活訓練)に係る報酬・基準について
https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000670106.pdf

内閣府|「介護サービスの生産性向上」について
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/iryou/20210210/210210iryou03.pdf

厚生労働省|科学的介護情報システム(LIFE)について
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000198094_00037.html

 

執筆パートナー

ウィザーズグループ

パートナー情報

コスト削減やM&A等を通し、限りある経営資源を最大化する「実働」コンサルティング集団

WEBページ

https://www.wizardz-plus.jp/

 

一覧にもどる

arrow_forward